喜助さんと私が出逢ったのは、いつかの桜の季節で、満開を過ぎた桜は、枝が風に揺らされ花弁がハラハラと舞っていた。
隊舎の廊下から見える中庭の桜は、それは古くからある大きな桜で、風が強いとその花弁が花吹雪の様に舞う。
「それでは隊長、お先に失礼致します」
卯ノ花隊長に挨拶をし、執務室を後にする。仕事を終えいつもの様に桜散る中庭を見下ろしながら長い廊下をゆっくり歩いていると、ふと揺れる枝の隙間から人が倒れている影が見えた。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
駆け付け声をかけてもぴくりとも動かない。僅かに見える顔色は白いというより青ざめているように見える。肩を叩きながら「大丈夫ですか?」と何度か繰り返すとようやく瞼が動き、埋もれていた顔を少し上ると、虚ろな目を一度私に向け、すぐにまたパタンと倒れてた。
「ダメみたいッス……」
「えっ!? ちょっ、ちょっと待ってください! 今、治療しますから」
慌てて立ち上がろうとした私の手にすっと、白く長い指が絡まった。繋がれた手の温かさを知り、自分の勘違いに気付く。
「もう少し、もう少しだけこのままでいれば治りますカラ」
ただ眠っていただけの人を勘違いで叩き起こしてしまうなんて、酷い話だ。それなのに私の勘違いに「このままでいれば治ります」なんて、優しい嘘が嬉しかった。恥ずかしさで熱くなった顔がやけに熱を帯びているのは、手から伝わる体温の所為かもしれない。
いつまでこうしていればいいんだろう、ふと、揺れる桜の枝から入る陽射しに目線をやると桜の木に掛けてある布が目に入る。
何処かで見覚えのあるその布は隊長が着る羽織りだった。じゃ、今この目の前に居る方は……?
あ、そうだ、この人は、十二番隊の浦原隊長……
技術開発局の創設者である喜助さんは、十二番隊の隊長というより局長の仕事に没頭していて、あまり表に姿を見せる事がなく接点も無かった私は、すぐに誰か気付かなかった。
そんな喜助さんが、その日は珍しく四番隊の隊舎に姿を現した。技術開発局で使う薬品の調達や成分分析は四番隊が担っていて、技術開発局の人が一日に何度も隊舎に訪れるという事もあるが、局長自ら訪れるのはそう滅多にある事では無かった。
あの日、偶々四番隊に来ていた喜助さんと出会った事に勝手に運命に似たものを感じていたけど、喜助さんが目を覚ますまでの間ずっとそうしていたように、その後も繋がれた手が解かれることはなかった。
二人の間には何も問題は無く、穏やかな日々が過ぎて行った。
喜助さんは私を恋人だと紹介してくれたし、周囲にも認められ”理想的”だなどとおだてられたけど、唯一、私はあの女の存在が妬ましくて仕方がなかった。
――四楓院夜一
貴族で隠密機動総司令官であり、刑軍統括軍団長の彼女は私が知り合う前よりずっと前から喜助さんを知っている。私の知らない喜助さんを沢山……
彼女が気安く「喜助」と呼ぶ度に嫉妬の念が宿っては、幾度と無くその気持ちを押し殺してきた。
ただの古い友達って事は知ってる。喜助さんが愛してくれてるのも分かってる。
だから、自分のつまらない嫉妬で、喜助さんを困らせたくない。
でも、何処かで消えない不安。繰り返す自問自答。
そして今回の事件……もう限界だ。
同じ月を見ていた 02/2005※2020加筆修正