微睡む午後に目覚めの呪文

天童と隣の席


 暖かな陽ざしが窓から差し込み、ただでさえ眠くなる午後の授業は眠気もピークで。朝からキツイ練習をしているらしい天童は、意識を保つのもやっとという所だ。
 先生が読み上げる文章を目で追うたび、視界に入り込む天童の長い指。バレーをやっているわりには細くすらりと伸びたその指は、授業中はほぼ役目を果たさないでいる。強豪校と言われるうちのバレー部に於いて、レギュラーだと言う天童は凄い人なんだと思う。こうしてあくびをしている姿を見る限りはそんなこと微塵も感じないけれど。

「教科書忘れてきちゃったからちゃんの見ぃせて」

 なんて、いいも悪いも聞かずに机をくつけて来る天童に、私が断る権限などない。少しでも渋るような素振りを見せようものなら「ね、いいよね」と笑顔で圧をかけてくる。ズルい。 教科書なんてあってもほぼ見ないくせに。

 何度目かのあくびの後、突然何かを言いたそうにこちらをじっと見る天童と目が合った。

「もしかして…… ちゃんあくびうつった?」
 つられてしたあくびを見ていたようで、カツカツとリズムよくチョークを走らせている先生の目を盗みながら、こそこそと話しかけてきた。
 その距離が無駄に近くて、反射的に間合いを取ってしまう。

「て、天童が何回もするからでしょ」
「やっぱり!? うつったんだ? ね……、あくびってなんでうつるか知ってる? 」

 姿勢を歪めてまで取った間合いはすぐに詰められた。近いと言った所で考慮してくれるはずもなく、そもそも、天童の耳には私の声は届いてないといった感じでお構いなしに会話を続ける。

「あくびがうつるのは、その相手に対する共感や関心があるからなんだって」

 さっきまでの眠気は何処へ行ったのか?
 テレビかネットの記事でも見たのであろう豆知識を得意気に教えてくれたけど、私は「ふーん」と短く返して勢いよく並べられた文字の羅列を追う作業に戻る。

「……ちゃん、聞いてた?オレの話」
「んー」
「あくびがうつるのはその相手に対する共感や関心があるからなんだって」
「んー」

 黒板とノートを行ったり来たりしてる間も天童は話しかけてきて、それを適当な相槌で返す。その素っ気ない態度が気に障ったのか関係ないのかは分からないけど、突然……「ねぇ」と天童の声が耳元を擽った。

「やっとこっち見てくれた」

 思わず「ちょっと!」と声を上げそうになったのをぐっと堪え耳を押さえた。睨むように天童を見れば、悪びれる様子もなく頬杖をついてニヤリと笑っているから呆れる。

「怒った?」
「授業中なんだからやめてよね」
ちゃんが話聞いてくれないからデショ?」

 深い溜息を1つつき、シャープペンを持ち替えた所で今度はそれを制された。

「ね、だからさ、それって、つまりちゃんはオレのことが好きってことだよね?」
「っ……なっ、」

 びっくりすると言葉って出てこないもんなんだな。「関心がある=好き」って飛躍しすぎじゃない? そもそも天童が指す「好き」って? 走馬灯のようにそんな言葉が脳内を駆け巡って、そんな私の顔を見て何かを察した天童がそれからは別人の様に大人しくしているもんだから、じわりと罪悪感に似た後味の悪さが内側から沁み出した。

 気まずさを残してチャイムが鳴り、二人の間にあった教科書をパタリと閉じて「はい、ありがとう」と差し出す天童。避けるように目線は手元だけを切り取る。すると、教科書にノートの切れ端が挟んであるのが見えた。引っ張り出したその切れ端には『オレは好きだよ』と書かれてあった。

「え、」
「そういう訳だから、ちゃんも好きになってくれたら嬉しいんだけど」

 それは目覚めの呪文のようで、心臓の裏の方から熱が侵食してくる感じがした。

微睡む午後に目覚めの呪文/20200503

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