薬指に氷花 01

リーマン澤村と上司


 …… 先輩であり直属の上司であり俺の好きな人。
 自分の中でその気持ちが特別なものと知ったのはいつからだったかな。スガに訊かれて考えてみたけど、1日の大半を共に過ごす中で、彼女の事を少しずつ知る度にごく自然に当たり前の様に惹かれて行くなんて事は恋愛に於いての定番中の定番で。その定番に俺も乗っかっただけのこと。

「澤村くん聞いてる?」
「あ、すみません聞いてませんでした…… なんでしたっけ?」
「だからね、澤村くんこの間テレビ欲しいって言ってたじゃない?」

 客先へ向かう途中の時間。仕事の話とかでもなく、わりとどうでもいい会話をよくする。仕事の話も勿論するけど、いつもだいたいこんな感じ。今日はこの間したテレビを買おうと思っている話を聞いて、自分がテレビを買う夢を見たんだとか。

「その夢に俺も出てきました?」
「いや、いなかったね澤村くんは」
「なんだ、残念だなぁ」

 彼女は気持ちがいい程ドシャットする時もあれば、柔らかなトスを上げてくる時もある。社内では断然前者のイメージが強いってスガは言うけどそんな事はなくて可愛らしい。年上の女性に「可愛らしい」なんて言うのは失礼だろうか?
 可愛い女子なら大学にも沢山いたけどどこか苦手で。

主任のそういうとこいいですよね」
「そういうとこ?」
「ん、そういうとこです」

 どこが?なにが?とか執拗に訊いて来ない。そういうとこ。一緒にいると居心地がいい。でもそんな彼女は自分だけが知っていればいい…… それくらいの独占欲持ってもバチは当たらないだろ。

***

「大地今日も寄ってくでしょ?」
「んー」

 仕事帰りには旭の店で一杯やるのが俺たちの日課で「暇そうな店」とからかってはいたけど、部活帰りに寄ってた坂ノ上みたいな存在で俺たちのあの頃に戻れる時間をくれた。

「なぁ、大地の先輩? 上司? いつ見せてくれんの?」
「ん、そのうちな」
「それ何回も聞いた」

 彼女の話をスガとするたびに旭が店に連れて来いと言う。そんなこと簡単に出来るならもうとっくに連れてきている。
 口の中に注いだビールをゴクりと喉の奥に追いやると泡のリングが3本出来た。

「えっと、多分……、さん彼氏いるんだよね」
「え、そうなの?」
「知ってて好きなの? なんで?」

 気まずそうに切り出した俺に対しての配慮とか考慮とかそんなのはない。
 そう思う理由は彼女の薬指にあった。彼女のしている指輪は石も何も無いシンプルな細身のデザインで、それが時折少し緩そうに動く。自分で買った物ではなく誰からかのプレゼントに違いないと容易に推測が出来る。幸いにも左手にするソレとは違い右手に存在しているのが唯一の救いだった。

薬指に氷花 01/201809

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